がん看護実践に強い看護師育成プログラム
「がん看護実践に強い看護師」育成研修プログラムモデル案
1. 研修生の必須条件
がん患者の看護に関する臨床経験を有する看護師
2. 研修期間
40日(320時間)
3. 研修施設
都道府県がん診療連携拠点病院ならびにこれに準ずる病院
4. 研修目的
厚生労働省による「専門分野(がん・糖尿病)における質の高い看護師育成事業」として、次のような目的を達成する実務研修を行う。
①がん治療に伴う主な副作用、合併症に対する適切な看護援助、②がん告知や治療経過で体験する患者・家族の危機状態に応じた精神的支援、③がんの進行に伴う苦痛に対する適切なアセスメントと症状コントロール、④がんとの共生を支えるためのがん患者教育、⑤がん患者及び家族が円滑に療養の場を移行するための情報提供や相談、連携や協働、⑥がん患者及び家族にかかわる倫理的ジレンマへの対処などがん看護実践の核となる臨床実践能力について実務研修を通して向上する。
具体的目標は資料Aに示した。
5. 研修方法
この研修では、がん医療における患者及び家族の問題解決に資する臨床実践能力の向上をめざしている。そのため研修方法は、
①看護ケアの基盤となる知識の理解と適用、②的確なアセスメントに基づく問題の明確化、③アセスメントに基づく効果的、計画的な看護ケアの実施、④評価
といった一連の問題解決プロセスを基盤とする演習や実習を主なものとする。また、がん看護臨床実践能力を、がんチーム医療における他の専門職者との連携や協働を通して獲得できるよう、カンフェレンスや事例検討の場で主体的に学習する機会をつくることがのぞまれる。
具体的目標に基づく、研修方法を資料Aに示した。
6. 研修評価
研修評価は、具体的目標に対応した自己評価(評価基準の例:A;主体的に取り組み目標を達成、B;助言により目標を達成、C:多くの助言により目標達成、D;目 達成が困難であった)と、事例報告のまとめによる臨床実践能力の総合評価の2側面から実施する。事例報告は、実務研修で受け持った患者(一事例)に対して行った看護実践に関して、その過程が系統的に示され、実践のプロセスならびにその成果に関する評価を記すものとする。
7. 研修に際しての前提学習
研修に参加するにあたり、下記に示した前提学習を行い、実務研修を実施するうえで必要ながんおよびがん看護に関する基礎的知識のレディネスを高めておくことが望ましい。
1)前提学習の目標
- わが国におけるがん罹患率、死亡率などがんの疫学に関するデータ分析結果をレビューし、がん予防及び早期発見の重要性について説明できる。
- がんの病態について、病理学的特徴、発がんのメカニズム、がん再発、転移などがんの生物学的な基本的知識について説明できる。
- わが国のがん医療対策について、診療報酬、がん予防・早期発見に関する保健医療対策、がん患者・家族が活用できる福祉サービスなどについて説明できる。
2)学習方法
下記の参考文献を利用し、自己学習を行う。
日本がん看護学会が発行した、「がん看護コアカリキュラム」は前提学習ならびに実地研修を行う上で、系統的な知識の理解に役立つと考えられる。
<参考文献>
- 日本がん看護学会教育研究活動委員会コアカリキュラムグループ委員訳,佐藤禮子, 小島操子監訳:がん看護コアカリキュラム,医学書院,2007
- 厚生統計協会編:国民衛生の動向,2006, 厚生の指標,2006
- 社団法人全国訪問看護事業協会監修,篠田道子編集:ナースのための退院調整―院内チームと地域連携のシステムづくり」,日本看護協会出版会,2007
8.研修を効果的に運用する上でのがん看護専門職者の協力
本研修プログラムを計画・推進する上で、各都道府県のがん医療施設で活躍しているがん看護専門看護師による協力は重要な資源として推薦できる。また、プログラムの展開に際しては、研修施設におけるがん看護領域の認定看護師(がん性疼痛看護認定看護師、ホスピスケア認定看護師、がん化学療法看護認定看護師、乳がん看護認定看護師、WOC看護認定看護師)が、それぞれの実践領域において臨床指導者としての役割を担うことが期待できる。
資料A 研修の具体的目標および研修方法
研修目的に応じた具体的目標を下記に示した。
併せて、具体的目標に応じた典型的な研修方法を下記に示した。
研修方法は、実務研修を実施する医療施設の特徴や活用できる資源に応じて展開する必要がある。
研修の展開方法について展開例を示した。
目的1.がん治療に伴う主な副作用、合併症に対する適切な看護援助
<具体的目標>
- がん化学療法、放射線療法および手術療法(主として再建術)に伴う主な副作用、合併症とそれに伴う心身の苦痛を理解する
- がん化学療法、放射線療法および手術療法(主として再建術)に伴う主な副作用、合併症を予防・早期発見、経過観察するためのアセスメントが行う
- がん化学療法、放射線療法および手術療法(主として再建術)に伴う主な副作用、合併症に対する効果的な副作用および合併症管理を行う
<研修方法>
- 演習の前提学習として、がん看護コアカリキュラム等の文献により、がん化学療法看護、がん放射線療法看護、がん手術療法看護(演習病棟における主な再建術を受ける患者の看護を中心に)について基礎的知識の理解を深めておく。
- 下記の典型的な治療状況における演習を行なう。
- 治療状況:外来化学療法室あるいはがん化学療法専門病棟、放射線治療部門、再建術など侵襲の大きいがん手術療法を行なっている病棟など。
- 上記の治療状況における参与的観察学習を行う。各治療状況において、認定看護師など指導者となる看護師をモデリングしながら、副作用、合併症のアセスメント、適切な副作用対策および合併症対策について、参与観察による学習を深める。
- 治療状況で用いるアセスメント指標、マニュアル、ケアガイドラインなどを活用し、指導者の下で実際にアセスメント、適切な副作用対策および合併症対策を実施する。
- 各治療状況において、カンファレンスを開催し、各自が学んだことを意見交換し、各治療状況における患者の問題、問題解決に向けての目標、活動、評価し学習を深める。
目的2.がん告知や治療経過で体験する患者・家族の危機状態に応じた精神的支援
<具体的目標>
- がん告知や治療過程で体験する患者・家族の心理的・社会的苦痛の特徴について理解する
- 危機理論などに基づいて、患者及び家族がおかれている状況において危機をもたらす出来事(喪失や悲嘆、死別など)やその受け止めについてアセスメントする
- 危機理論などに基づいて、危機状態に応じた支援を行う
<研修方法>
- 事例検討による危機理論の理解
実習の前提学習として、危機理論の概要を学び、事例検討を通して理論の看護実践への適用について理解する - 患者を受け持ち実習を行う
- 目的1に示した治療状況や研修生が希望する病棟、または外来において、危機状況にある、あるいは陥る危険性のある患者を受け持ち、理論を応用し、危機アセスメントを行い、患者や家族の心理的状態の理解を深める。
- 危機介入の理論などに基づき、心理的状態に応じた支援を行なう。
- 危機介入の過程では、カンファレンスにおいて、危機介入の過程について提示し、他の看護師、医師、その他の専門職者と意見交換を行い新たな解決策や資源を見いだしたり、看護実践に関する評価を行う。
目的3.がんの進行に伴う苦痛に対する適切なアセスメントと症状コントロール
<具体的目標>
- 患者の病状や患者のニーズに基づいて、疼痛の原因、誘因、疼痛緩和を阻害する要因などについて多角的にアセスメントする
- 薬理的、非薬理的疼痛管理に関するエビデンスに基づく疼痛管理を行う
- 効果的でコスト、安全性を考慮した適切な疼痛管理を行う
- 病状や現状を考慮し、患者にとっての現実的な疼痛管理のゴールを到達できるよう、患者及び家族に資源活用や効果的な対処法に関する相談・指導や支援を行う
- 疼痛管理に関する適切な経過観察と評価を行う
- 疼痛以外の主な苦痛(例:呼吸困難、倦怠感など)について、その原因、誘因、阻害する要因などについて多角的にアセスメントする
- 疼痛以外の主な苦痛に対する薬物療法、非薬物療法に関するエビデンスに基づく症状コントロールを行う
- 全人的苦痛を理解し、患者の苦痛緩和を行う
<研修方法>
- 演習の前提学習として、がん看護コアカリキュラム等の文献により、がん疼痛緩和、疼痛以外の症状マネジメントについて基礎的知識の理解を深めておく。
- 薬物療法、非薬物療法による疼痛コントロールの根拠となる考え方(WHOの方式による鎮痛薬ラダー、鎮痛補助薬、オピオイドローテーション、ゲートコントロール説)などを理解する。
- 疼痛以外の種々の苦痛症状についてその原因、誘因と症状の特徴を理解する。
- 患者を受け持ち実習を行う
- がん性疼痛のある患者を受け持ち、前提学習で学んだ基礎的知識に基づいて疼痛を持つ患者のアセスメントを行う。
- アセスメントに基づいて、疼痛コントロールの根拠となる考え方や基礎的知識を応用して疼痛緩和を行なう。
- がん性疼痛をもつ受け持ち患者において、疼痛以外の苦痛症状の原因、誘因と症状の特徴をアセスメントする。
- アセスメントに基づいて、症状コントロールの根拠となる考え方や基礎的知識を応用して症状緩和を行なう。
- カンファレンスにおいて、疼痛緩和の過程について提示し、他の看護師、医師、その他の専門職者と意見交換を行い新たな解決策や資源を見いだすとともに、看護実践に関する評価を行う。
- 研修グループのカンファレンスにおいて、受け持ち患者の代表的な症例の事例検討を行い、全人的苦痛に関する総合的なアセスメントを行い、全人的苦痛に対する包括的な看護援助の理解を深める。
目的4.がんとの共生を支えるためのがん患者教育
<具体的目標>
- 患者及び家族に副作用、合併症を早期発見、対処するための観察、自己管理に関する患者教育や支援を行う。
- 患者や家族が療養の場の移行に関して、自分のニーズを明確にして専門家に相談できよう、支援するとともに患者教育を行う。
- 治療と生活の調整を主体的に行っていくための資源活用や効果的な対処法に関する患者教育や支援を行う。
<研修方法>
- 実習の前提学習として、がん看護コアカリキュラム等の文献により、がん患者教育に関する基礎的知識(レディネスアセスメント、大人の学習など)の理解を深めておく。
- 患者を受け持ち実習を行う
- 治療状況、疼痛緩和の演習および実習のいずれかで受け持つ患者について、患者及び家族が取り組む課題や目標、活用できる資源などをアセスメントする。
- アセスメントに基いて患者・家族が主体的に課題や目標に取り組むことができるように教育や支援を行う。
- 患者・家族の取り組みに関して評価を行い、主体性を促進することに役立てる。
- これら過程をとおして、がん患者教育に携わる看護師の役割に関する認識を深める。
目的5.がん患者及び家族が円滑に療養の場を移行するための、情報提供や相談、連携や協働
<具体的目標>
- 患者及び家族が外来通院、次の治療・ケアのための転院や転棟、在宅ケアに移行する状況を理解するために、がんの標準治療、がんの進展過程などを理解する。
- 療養の場に移行に際して、患者及び家族が活用できる資源やシステムに関する情報を収集する。
- 他の専門家や施設との間で情報交換、連携、協働を行うことができる。
- 療養の場の移行に必要なサマリーや書類などを的確に準備することができる。
<研修方法>
- 実習の前提学習として、退院調整等の文献により、がん患者の療養の場の移行および療養生活で活用できる資源について基礎的知識の理解を深めておく。
- 患者を受け持ち実習を行う
- 治療状況、危機状況、疼痛緩和の演習および実習のいずれかで受け持つ患者について、患者及び家族が外来通院、次の治療・ケアのための転院や転棟、在宅ケアに移行する状況について、病状や治療経過、移行に際しての目標、阻害要因や活用できる資源などをアセスメントする。
- 病棟で行なわれるカンファレンスに参画し、アセスメントに基づく目標や計画に関する情報提供・相談を行い、他の専門家や施設との間で情報交換、連携、協働を行う。
- 患者や家族が療養の場の移行に際して、ニーズを明確にして専門家に相談うけたりすることを通して意思決定が行えるよう、患者や家族と良好なコミュニケーションを図る。
- 療養の場の移行に必要なサマリーや書類などを的確に準備する。
- これら過程をとおして、がんチーム医療について、参与するメンバーそれぞれの専門分野の役割を理解するとともに、がん看護に携わる看護師の役割に関する認識を深める。
目的6.がん患者及び家族にかかわる倫理的ジレンマへの対処
<具体的目標>
- 倫理原則の理解に基づき、がん医療の領域における倫理的課題やジレンマについて理解する。
- 事例分析などを通し、倫理的ジレンマを認識するとともに、倫理的ジレンマを解決の方向に導くための看護師の役割を理解する。
<研修方法>
- 前提学習として、がん看護コアカリキュラム等の文献により、がん医療における倫理的課題および倫理原則などについて基礎的知識の理解を深めておく。
- 演習や実習などにおいて倫理的ジレンマが認識された事例について、倫理原則に基づいて事例分析を行い、倫理的ジレンマに関する解決の方向性やその過程における看護師の役割について意見交換を行う。
【研修の展開例】
- 研修を展開する上で、下記の事項について検討し準備を整える必要がある。
- 受け入れる研修生の人数(一施設20名の予定)
- 研修期間(40日、320時間)
- 研修指導者(各施設の状況によるが、がん看護専門看護師、がん看護領域における認定看護師は研修指導者として適任と考えられる)
- 研修に必要な教材や協力体制の整備
- 自己学習を推進するための図書館利用などの調整
- 研修の展開例
<導入>
- 研修オリエンテーション(目標、研修方法の説明、研修病院のツアー)
- 自己学習に関する方法と資源の説明
- 事例検討による危機理論の理解
<展開>
目的毎に実習時間の適切な配分を検討し、研修計画を立案する
展開例
[研修1-4週]外来化学療法室あるいはがん化学療法専門病棟、放射線治療部門、再建術など侵襲の大きいがん手術療法を行なっている病棟において、指導者をモデリングしながら、目的1の各療法をうける患者の看護実践を行う。施設の状況によっては、受け持ち患者の治療経過に伴い、研修生が演習場所を移行し、ケアの継続を行っていくこともできる(例:乳がん患者外来化学療法部門において術前化学療法をうける乳がん患者の実習→受け持ち患者とともに病棟に移行→乳房温存術前後の看護実践→受け持ち患者とともに術後放射線療法部門に移行→放射先療法部門における実習)。併せて受け持ち患者に対して、目的4のがんとの共生を支えるためのがん患者教育と支援を行う。
[研修4週目の終わり]研修グループ合同カンファレンスの実施
研修過程における問題や課題の共有・解決策の検討
[研修5-8週目]研修グループ合同カンファレンスの実施 進行・再発がん患者を受け持ち目的3のがんの進行に伴う苦痛に対する適切なアセスメントと症状コントロールに関する看護実践を行う。併せて、受け持ち患者対し、目的5のがん患者及び家族が円滑に療養の場を移行するための、情報提供や相談、連携や協働を行っていく。目的3及び目的4に関して看護実践を行う過程において、目的4のがんとの共生を支えるためのがん患者教育と支援を行う。
[研修8週目の終わり] 研修グループ合同カンファレンスの実施
- 目的6の演習や実習などにおいて倫理的ジレンマが認識された事例について、倫理原則に基づいて事例分析を行い、倫理的ジレンマに関する解決の方向性やその過程における看護師の役割について意見交換を行う。
- 研修を通しての評価について意見交換を行う。 なお、目的2に関しては、研修期間に受け持つ患者に関して実施する。
- 危機理論などを応用し、危機アセスメントを行い、患者や家族の心理的状態の理解し、心理的状態に応じた支援を行なう。
- 病棟カンファレンスなどにおいて、危機介入の過程について提示し、他の看護師、医師、その他の専門職者と意見交換を行い新たな解決策や資源を見出したり、看護実践に関する評価を行う。
上記は一つの案であり、研修内容の順序性、具体的な方法は、各研修施設に状況や目的、指導体制などに応じて行う。